キトスム 御朱印部
2020.8.20
御城印部活動報告(3)
勝竜寺城/細川ガラシャ
🏯『勝竜寺城/明智光秀・細川ガラシャ』
京都府長岡京市勝竜寺13−1
織田信長から明智光秀の盟友である細川藤孝に与えられた城ですが、藤孝の嫡男・細川忠興に光秀の三女・玉子(細川ガラシャ)が輿入れし、2年ほど新婚生活を過ごした城でもあります。
また、本能寺の変で織田信長を討った明智光秀は、中国大返しという離れ業を行った羽柴秀吉の大軍に天王山の戦いで敗北します。光秀が敗走途中で最後の夜を過ごしたのもこの城です。夜が更けて、妻子の待つ近江坂本城に落ち延びる途中、京都・小栗栖「明智藪」にて落武者狩りに遭い最期を迎えました。
ガラシャについては関ヶ原の戦いの石田三成人質事件の際に、屋敷に火を掛けて自刀するという非業の死を遂げています。「麒麟がくる」ではどこまで描かれるかわかりませんが、勝竜寺城が表現されるか楽しみです。
(さすがに関ケ原の戦いまで描かれることはなかったですが、芦田愛菜さんのガラシャは素敵でしたね。)
光秀の辞世の句
「心しらぬ人は何とも言はばいへ
身をも惜まじ名をも惜まじ」
私の本心は誰にもわからないのだから、勝手に言いたいことを言えばよい。命も名誉も惜しくない。
ガラシャの辞世の句
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の
花も花なれ 人も人なれ」
花も人も散りどきを心得てこそ美しい。
いずれも悲しいお話ですが、凛とした、人の想いが詰まった深い話でもありますね。
どうぞ吉野杉の御城印帳を手に、歴史ロマンを辿ってください。