キトスム 御朱印部
2025.9.13
御城印部活動報告(12)
大和郡山城/豊臣秀長
2026年大河ドラマ「豊臣兄弟!」
豊臣兄弟ゆかりの城めぐり ♯4
🏯『大和郡山城/豊臣秀長』
奈良県大和郡山市城内町2-255
本能寺の変にて織田信長が討たれた後、明智光秀と羽柴秀吉のあいだで、どっちつかずの態度をとって日和見順慶とまで揶揄された筒井順慶が、秀吉に従うこととし大和一国を安堵され1583年に完成させたのが大和郡山城です。
しかしその翌年、36歳の若さで順慶が病で亡くなってしまうと、秀吉の弟・羽柴秀長が大和・和泉・紀伊三国100万石の領主として入城します。
その際に100万石大名にふさわしく、秀吉の本拠・大阪城の防衛の要とするため、急ピッチで大規模な修築が行われました。
そのため、紀州根来寺の山門を移して城門とし、春日大社の水谷川から大石が切り出され、寺院の礎石・庭石・墓石・石地蔵などの転用石が石垣として用いられたようです。
秀長は大和郡山城下に商工業を集中させ大きく発展させます。
城下町における商工業種別を基本とした、本町、魚塩町、堺町、柳町、今井町、綿町、藺町、奈良町、雑穀町、茶町、材木町、紺屋町、豆腐町の「箱本十三町」を造り、同業者を町に集めて営業上の独占権を与える保護政策を行ったのです。これらの町名は現在でも残っています。
ドラマではじっくり、たっぷりと描いて欲しい奈良の歴史です。